画像引用元:映画.com『ハッチング―孵化―』フォトギャラリー(画像14)より引用(著作権は Silva Mysterium Oy、HOBAB、Umedia、Film i Väst に帰属します)
(原題:Pahanhautoja / 2021年製作 / 2022年日本公開 / 91分 / ハンナ・ベルクホルム監督 / フィンランド)
※本記事は映画『ハッチング -孵化-』のネタバレを含みます。また、記載されている考察・解釈は筆者個人の見解です。
フィンランド発のホラー映画。毒親に抑圧された少女が反旗を翻す「キャリー」的な物語かと思いきや、いい意味で期待を裏切られた。北欧のホラーと聞き、なんとなくお洒落そうな、心理描写が主に描かれそうな、ヨルゴス・ランティモスの「籠の中の乙女」ような作品を期待していたら、完全にデヴィッド・クローネンバーグ系譜にあるホラー映画で、模範的で美しい家族内に混入する"汚物"*1 をはっきり画面に映す。
冒頭10分ほど、Francfranc的な可愛くて綺麗なインテリアに包まれた部屋にカラスが侵入し、ガラスの花瓶や小瓶、シャンデリア、テーブルなどを破壊していくシーンは、美しく理想的に見える家族がいかに脆いものかを象徴的に描いており、これから起こる悲劇を示唆するに十分なシークエンスで一気に引き込まれた。
母親を発端に起こる子供の悲劇としてはアリ・アスター「ヘレディタリー」、ドッペルゲンガーものとしてはジョーダン・ピール「アス」も思い起こされ、しっかりジャンルとしてのホラーの時流に乗っている映画であることは否めないが、この作品独自の現代的な要素の一つとして、母親がYouTuberであり、理想の家族の姿を公開する事に固執している事が挙げられるだろう。しかし少し不思議なのは、彼女のチャンネルにはどれくらいの登録者がいるのか、果たしてそれでどれほどの広告収入を得ているのかなどは全く語られないことだ。この辺りは世間に理想を公開しつつも本当の意味では世間を気にしておらず*2、自分が維持する理想の家庭像をアピールする事自体は、あくまで自己愛を深める為であるからだと言えるだろう。
もう一つのこの映画独自の要素としては、母親の不倫相手、テロが主人公ティンヤの良き理解者であることだ。母親の不倫相手で、ボロボロな屋敷に暮らしており、従来の作品であればティンヤを邪魔者扱いし加害するようなキャラクターであることが予想されるが、本作では唯一、ティンヤに起こっている異常や母親からの抑圧に気づき、寄り添う存在として描かれ、この作品の美点として存在する。それゆえ、テロにさえ疎まれてしまったティンヤがアッリを攻撃するようになるのは納得だ。
オーディションから選出されたというティンヤ役のシーリ・ソラリンナの演技が素晴らしい。特に母親から「恋をしているの」という「なぜ子供にそんな話を聞かせるのか?」という相談を始めた際の、母親の機嫌を損ねないように笑顔を作りながらも、それでもどこか痛ましいような心情が滲んだ表情はこれ以上はないほどの演技だった。
ティンヤは母親を心のどこかでは煙たく思い、自分でもその心情に気づいてはいるのだが、それでもあくまで"理想の娘"でありたいと願っている。これは母親への恐怖心もあるだろうが、第二次性徴を遂げておらず、心理的にもまだ幼い*3 ことも原因であるだろう。アッリはティンヤの理想や欲望*4 を叶えるために存在する。母親がティンヤを殺してしまった後に、アッリ自身が「ママ」と言葉を話し、ティンヤと入れ替わるのは、アッリがティンヤとなることで、母親が自身のティンヤ殺害を隠蔽するため(=母親の理想を維持する為)であろう。
全体的にウェルメイドな印象で、特に美術は目を見張るものがある。インテリアや壁紙に代表される理想的な美しさと家の庭に放置されウジ虫が湧いている生ゴミやクリーチャーなどの汚物、そして、その表裏一体さの表現、隣の家の同い年と思われる少女はカジュアルな服装であるのに対し、ティンヤはずっと白いレースのワンピースを着ていることで彼女の少女性を描いている点など、十分に楽しめたのだが、ホラー演出としてはジャンプスケアの連続で、個人的にとっても苦手なのでそこは少しぐったりしてしまった。また、フィンランド映画とのことでフィンランド独自の文化や土着的な要素も期待していたが、そこは良くも悪くも均一化されていた。ただ、孤児の水鳥についてのあの子守唄*5 はフィンランドでは有名なものなのだろうか。不気味だったな。
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