Left After the Credit: 思惟のフィルムノート

アート系・インディペンデント系の海外映画を中心に、新旧問わず感想や考察を綴っています。

【ネタバレなし】戦争は、今も女の顔をしていない―映画『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』想

画像引用元:映画.com『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』フォトギャラリー(画像20)より引用(著作権は BROUHAHA LEE LIMITED 2023 に帰属します)

(原題:Lee / 2023年製作 / 2025年日本公開 / 116分 / エレン・クラス監督 / イギリス)

※本記事には映画『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』のネタバレはありません。また、記載されている考察・解釈は筆者個人の見解です。

 

昨年話題になった近未来のアメリカ内戦を描いた『シビル・ウォー アメリカ最後の日』でキルスティン・ダンストが演じた戦場カメラマン。そのモデルとなったのが本作の主人公リー・ミラーだ。
彼女はVOGUE誌の表紙を飾るトップモデルとしてキャリアをスタートさせ、マン・レイと関係を結びながら、シュルレアリスムの写真表現を学んだ。そして第二次世界大戦中にはヨーロッパへ自ら赴き、戦場カメラマンとしての歴史的瞬間をレンズに収めた。

波乱すぎるこの人生を、映画はあえて一点に絞って描く。彼女が“戦争を記録した者”として、何を見て、何を残そうとしたのか――その視点に集中した作品となっている。

 

リーが記録する「見えない被害」


彼女がカメラを向けたのは、勇ましく戦う男たちではない。
全身を包帯で巻かれた兵士、破壊された街で髪を剃られる女性、リーの姿を見て怯え泣く子ども、そしてナチス下の強制収容所に残された物のように積み重ねられた死体の山。
彼女のレンズは、「歴史の本筋」に書かれない人々の痛みに向いていた。
それでも彼女は語るように写真を撮り、沈黙のまま戦争の痛みを見つめ続けた。
本作のメインヴィジュアルにもなっているヒトラーの邸宅にあるバスタブでの有名なセルフポートレートも印象的だ。あの一枚はただの挑発ではない。戦場には不要とされた女の身体が、権力の象徴を侵食するという行為であり、リーの逆襲でもあったと言えるだろう。

 

ローズはカメラを手に取り、自ら戦場に赴いた

 

キルスティン・ダンストが演じたリーもとてもよかったが、本作のケイト・ウィンスレットもとてもかっこよかった。
パリで夫と再会し、「家に戻ろう」と説得されながらも、リーはなお戦後の惨劇を記録するためにドイツへと向かう。その後ろ姿の力強さたるや。
ケイト・ウィンスレットの代表作の『タイタニック』のローズ役で“守られる側”だった彼女は、今や“これからの誰かを守りるために世界をカメラで記録する女”としてスクリーンに立っている。
年老いた彼女自身が当時の経験を語る形式になっているのも『タイタニック』のそれと重なる部分がある。
この映画はケイト・ウィンスレット自身が長年温めてきた企画でもあり、彼女が体現する“選び取る女性像”には深く胸を打たれた。

 

リーが目をそらさなかった訳


この映画だけではリーの人生の全体像は追い切れない。
モデル時代の華やかさも、マン・レイとの複雑な関係も、アートシーンでの居場所もほとんど描かれず、彼女がなぜここまで「世界を撮ること」にこだわったのか、その出発点がぼやけたまま終わってしまったのは少々惜しいと感じた。撮られる側から撮る側となった転換点を描くのもきっと興味深かっただろう。
しかし、彼女の人生のほんの10年に集中したことによって、彼女が戦場で何を見たか、そしてそれを誰が見なかったか、見せなかったかを訴える力は強い。
映画の終盤、リーはVOGUEの編集長に、7歳のときに受けた性被害の記憶を打ち明ける。
他人の痛みに決して目をそらさなかった彼女のまなざしは、傷つけられ、それを“無かったこと”にされた少女時代の自分へ向けられた追悼でもあったのかもしれない。
女性の視点で描かれた“記録者としての戦争”という意味で、本作は間違いなく価値ある一本だった。

 

そして今も、戦争の犠牲になるのは


そして戦争そのものは過去の話ではない。
世界のどこかで今日も誰かが爆撃を受け、避難し、家族を失っている。
そして男が始めたその戦争で犠牲になるのは、やっぱりいつの時代も女と子どもたちだ。
リー・ミラーがカメラを通して記録した「見えない被害者たち」の姿は、
今も同じ構図で繰り返されている。
だからこそ、この映画を観て「リーが生前に語らなかった戦争はこれでもう語られた」と、終わらせてはいけない。今よりもさらに女性の立場が弱かったあの時代に、他人の見えない傷を見ることを選んだリーのまなざしを、今こそ私たちが引き継ぐべき時なのだ。

 

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