Left After the Credit: 思惟のフィルムノート

アート系・インディペンデント系の海外映画を中心に、新旧問わず感想や考察を綴っています。

【ネタバレなし】動き続けても何も変わらないカオスの中で―映画『ラ・コシーナ/厨房』感想

画像引用元: 映画.com『ラ・コシーナ 厨房』フォトギャラリー(画像13) より引用(著作権は ZONA CERO CINE 2023 に帰属します)

(原題:La cocina / 2024年製作 / 2025年日本公開 / 139分 / アロンソ・ルイスパラシオス監督 / アメリカ・メキシコ合作)

※本記事には映画『ラ・コシーナ 厨房』のネタバレはありません。途中、ラストの演出について触れていますが、その前には注意書きを記載しています。また、記載されている考察・解釈は筆者個人の見解です。


オリジナルは、イギリスの劇作家アーノルド・ウェスカーによる1959年初演の戯曲『調理場(The Kitchen)』。日本でも2005年に蜷川幸雄の演出で『キッチン KITCHEN』として上演されているという。
映画化は本作が二度目で、最初は1961年、イギリスでジェームズ・ヒル監督によって『The Kitchen』*1のタイトルで映画化されている。

 

あらすじ

ニューヨークのレストラン「ザ・グリル」の厨房では、メキシコ、ドミニカ共和国、モロッコ、イタリアなど、さまざまな国からやってきた移民労働者たちが働いている。
白人のオーナーのもと、劣悪な労働環境に置かれ、日々のストレスは限界寸前。昼夜働き続けるいつもの一日、ある事件をきっかけに彼らの感情が爆発する——。

 

モノクロの映像について

モノクロ映画の場合はなぜその表現を選んだのかを考えるようにしているが、本作では、アメリカで働く移民たちが出身国や背景にかかわらず「移民」としてひとくくりにされる均質化の感覚を視覚的に表したものだと解釈した。
また、料理映画でありながらも、登場する料理はどれも美味しそうに見えない。華やかに見えるニューヨークのレストランの裏側に、色彩が抜け落ちるほど過酷で雑然とした労働環境が広がっていることを象徴しており、効果的な選択に思えた。

 

テーマ性について

本作は時代設定をあえて曖昧にすることで、移民の労働問題や経済格差、差別といったテーマが、今に限らず普遍的なものであることを示そうとしているように思える。
しかし、その問題提起はベーシックなレベルにとどまり、強く訴えかけてくる力はあまり感じられなかった。
もちろん、トランプ政権を経たアメリカの社会状況を背景に、メキシコ人監督が舞台をアメリカに移し、改めて『The Kitchen』という作品に取り組んだことには意義があると思う。

 

ワンカット演出について

宣伝でも強調されている通り、昼の営業が始まってからの厨房とフロアを駆け回るワンカットの場面は圧巻だった。登場人物たちのストレスの高さや、常にスピードを求められる職場環境がダイレクトに伝わってきた。
特に厨房が洪水状態になっていながら、それに気づく余裕すらなく、怒号の中で料理を作り、運び続ける様子には、極限状態のカオスが描かれていて、本作の最大の見せ場といえる。

ただ、このワンカットが中盤に配置されたことで、ラストのある人物の暴走が想像の範囲内に収まり、やや弱く感じられたのはもったいなかった。
もしこのシーンを夜営業のスタートに持ってきて、ラストの暴走とも直接結びつけていれば、映像的な盛り上がりと物語のカタルシスが噛み合ったのではないかとも思った。

 

気になった点

冷蔵室で非常に下品な展開がある。さらに、その後の調理シーンにそれを想起させるようなカットが挿入されており、観ていてかなり不快感を覚えた。
「こういった形でストレスを発散しなければならないほど追い詰められた労働環境のレストランへ、それでもあなたは食事に行きますか?」という問いかけと受け取ることもできるかもしれない。だが、私にはそうした批評的な意図以上に、登場人物個人の問題として描かれているように見えてしまい、純粋に嫌悪感が勝った。

 

※この先はラストの演出に触れています。未見の方はご注意ください。

 

ラストの演出について

ラストでオーナーから提示される問いかけに誰も答えられないという展開は、オリジナルの舞台版にも存在するらしい。問題があまりにも複雑に絡み合っているがゆえに、一介の労働者には何から手を付けて良いのか、自分が本当は何を望んでいるのかすら分からない。その無力感や虚無感が率直に映し出されており、印象的だった。

ただ、ラストカットで緑のライトに照らされた人物の顔へズームインする演出は、急に演劇的で浮いて見えた。あの場面だけ舞台の照明のような印象があり、強引に「象徴的」に見せようとする意図が透けてしまっており、それまでのワンカットの迫力などと比較すると、ややダサく感じてしまった。

 

おわりに

真面目な問題意識を持った作品であることは間違いない。ただ、時代性の薄さや、ところどころに挿入される不快な描写も相まって、現代的な問題としての切実さが十分に伝わってこなかった印象。演出面では確かな見どころがありながらも、最後までその熱量が持続しなかったのも惜しまれる。

 


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↓厨房でキッチンプリンターの音が鳴り響いているのは気付いていなかった。これから観る方にはぜひ注目してほしい。


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